理解できなくて、できないが為に疑ってしまう。
里奈にとって、自分は本当に必要だったのだろうか? 本当は、自分を見栄え良く見せるための道具としてしか、接していなかったのではないだろうか?
澤村に振られた自分を皆が嗤ったように、里奈もまた嗤っていたのではないだろうか?
「ウチのクラスの澤村って男子、知ってる? 私ね、あの子のコトが好きみたいなんだ」
意を決して打ち明けた美鶴の言葉を、里奈はどのような思いで聞いていたのだろうか?
ブンブンと頭を振る。
やめよう。もう考えるのはやめよう。考えたって疲れるだけだ。
無理矢理大きく息を吸い込む。そうして一歩踏み出した時だった。
「わかってたぜ」
少し粘りのある声。
「お前から声を掛けてくるってな」
聞いたことのある声。
記憶を巡らし、目を見開く。
小童谷陽翔だ。
聞こえてくるのは、校舎の向こう。目の前の、校舎の角を曲がったところにきっと居る。
「だからあの時は引いたんだ」
こんなところで、誰と話してるんだろう?
「二週間もほったらかしにされるとは思ってなかったけどな。行動力の鈍さは、相変わらずだな」
立ち聞きをするつもりはない。その場から立ち去ろうとして、だがその身が固まった。
「お前は、誰だ?」
まるで、金縛りにでも遭ったかのよう。
低く、低く憤りを押し殺したような声。普段の甘く柔らかな物腰とは似ても似つかない声。だが間違いない。
瑠駆真だ。
瑠駆真と小童谷が何の話をしていようと、私には関係のない事じゃないか。
そう言い聞かせながら美鶴は、だがもはや、その場から一歩も動けなくなっていた。
「ずいぶん唐突な質問だな。答えに窮するとはこのことか」
校舎の壁にもたれかかり、小童谷は悠然と相手を見上げる。
瑠駆真の方が、少しだけ高い。だが、少しだけ。
「質問に答えろ」
「冗談に付き合う余裕もないか」
瑠駆真が一歩前へ。
「質問に、答えろ」
その低い声にクスッと笑い、視線を落とす。
「ずいぶんとデカい態度だな。見違えたぜ」
上目遣いで素早く射抜く。
「なぁ くまちゃん」
―――――っ!
くーまちゃん
思い出した。
美鶴の呼吸が、一瞬止まる。
そしてそれは、瑠駆真も同じ。
全身の血の気が引いていく。両の掌が小刻みに震え、力が思うように入らない。二の腕から背中にかけて、奇妙な脱力感が漂う。軽い貧血でも起こしているのだろうか?
言葉もなく凝視してくる反応が嬉しいのか、小童谷は破顔する。
「ははっ ビックリした? 自分の過去を知る奴が、まさかこの学校に居るとは思わなかっただろ?」
「お前っ」
凝視したまま、記憶を手繰る。
小童谷は今は同じ学年だが、本当は一つ年上だ。同じ中学の先輩だったのだろうか?
だが、いくら思い返しても、記憶の中に小童谷の存在を確認する事はできない。
混乱したような瑠駆真の表情に、小童谷は本当に楽しそう。
「きっと思い出せないよ。お前、ほとんど出てこなかったもんな」
「出てこなかった?」
「あぁ そうさ。家に帰ってきても部屋に籠もりっきりで、出てきたことなんてほとんどなかった」
「家に?」
言葉を反芻しようとして、途中で止める。
「お前」
ハッと瞠目する相手に小童谷は瞳を細め
「そうさ」
勝ち誇ったような声音。
「俺、初子先生に英語を教えてもらってたんだ」
初子先生。瑠駆真の母は、そう呼ばれていた。
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